『Take it to the lucky』 小室 哲哉/金曜日のライオン(歌詞)


作/kinako  画/綺羅隼人



(4月20日/デビュー前夜)
 哲哉は深夜のレコーディングスタジオに居た。他のエンジニア達は帰宅して今は誰も居 ない。独りきりの独占状態である。何故なら、今宵は特別な日だからである。
 彼等が三人で結成したユニットは、とあるバンドコンテストに鳴りモノ入りで出場、ス テージでは、4ケタの『西暦』をタイトルに冠した楽曲を、サポートメンバーを加えたバ ンド形態で披露し、審査員全員が満点と評価する前代未聞の結果で優勝を果たした。
 優勝前は、彼が幾度となく送付したデモテープに、殆ど反応すら見せなかったレコード 会社までもが、今では『是非に自社での音楽活動を!』と、催促を寄越す有り様。
 彼は冷静に交渉と分析を行い、自らのユニットを他のドコよりも効果的にバックアップ してくれる事務所との契約を交わした。
 そして明日、いよいよデビューの日を迎える。

 マウスすら、ままならないNEC PC‐9801のディスプレイの解像度が低いブラ ウン管に立ち上がって(起動している)のは、COME ON MUSIC(通称:カモ ン)と呼ばれるシーケンサーで、今は彼の作曲したデビュー曲がロードされ、スタンバイ している。
 奇しくもコンテストの優勝曲は、デビューシングルには成り得なかったが、遂に明日リ リースされる予定の曲は、それ以上に期待と情熱を込めた1曲である。
 とうぜんレコードにプレスするために、トラックダウンやマスタリングは、ずっと前に 済ませているのだが、彼はテスト用のアナログ盤やカセットテープより、自らの楽器(シ ンセサイザ)が奏でる『常に旬』な生音で、自作曲が聴きたかったのだ。
 彼は、ベージュ色した無骨なマウスを巧みに操り、カモンにプレイバック(再生)を指 示し、MIDI信号を介して音源達に演奏を促す。

 やがて、アフリカを連想させる『打ち込み』のパーカッションと、雄大な雰囲気を醸し 出すIVM9-V7-VIm7のコード進行が、学校の足踏みオルガン風な電子音とエフェク タで過剰に加工されたコーラスとで流れ始めた。ときおり、アナログシンセサイザで擬態 した象の鳴き声が、アクセントを添える。

 彼は、ただ静づかに、切れ長で涼し気な瞳を閉じた。


(すこし前)
 ハレーション。時折、ちらと起きる光学自然現象を鬱陶しく感じながらも、いちゝゝ遮 光する事すら躊躇われる怠惰な時間帯。早朝の気懈い微睡みの中で、たった今しがたより 始まったばかりの日の出。
 遥か上空を高速で移動する機内の居住空間を、地上と同じ1気圧に保つために、ハメ殺 しに誂えてある窓いちめんに拡がるアフリカ。眼下には今、朝日の作用によって赤く燃え るサバンナが佇む。
 熱帯気候ではあるが、雨期と乾期の著しい差異がある大地。大草原に疎らと点在する密 林を開拓した街へ僕は帰る。人工のジャングル。それは、濫立とまではイカない高層ビル と、それでも夥しい台数で犇めく車達の群れ。つまり、大自然の悪質なパロディ。

 やっと勤め先の会社で、念願の長期休暇願が受理され、彼は一週間もの自由時間を手に 入れた。今回の件は、彼の勤務人生では極めて異例の出来事で、勤続18年目にして始め て消化した年次有給休暇であった。

・・・502回目のサハラの夜。

 アフリカへの道中は、月夜に光る翼を眺めながら過ごした。近代的なジェット旅客機だ と、夜間飛行には、あまりにも速くて風情がない旅だナ・・・と、彼は感じていた。

 ・・・約束。もう、30年ほど前のハナシだ。

 彼とて、もっと早い時期に来ようと思えば、それは可能であった筈だ。煩雑な日々に忙 殺されているのを言い訳に、彼は想い出を封印してきた。つまり、現実と直面する事を避 け、ことごとく逃げてきたのだ。
 ならばいっそ、忘れてしまうコトだって出来た筈だ!

 ・・・ジェリア、今は忘れておくよ。本当の意味で、君を迎えに来る日まで。

(過去)
 あの頃、僕は8歳(彼女は12歳)だった。
 自然保護を目的としたボランティア団体に所属する夫婦。それが、僕の両親だ。家族構 成は三人、僕は『ひとりっこ』なんだ。
 僕は子供時代をアフリカで過ごした。母国(日本のコト)の将来すらも、ままならない 時代に、もう既にソコには見切りを附けた両親と伴に、果敢(無謀だろうか?)にも僕達 家族は、人類の手によって崩されつつある、アフリカの大自然と生態系を救済する目的で 旅立ったんだ。

(めぐり逢い)
 出逢った街は、ボボ・ディオウラッソ。
 ブルキナ・ファッソで2番目に大きな都市。お世辞にも『都市』とは呼べない街。
 そこは、彼女を初めて見掛けた街。

 そして、彼女の名前はジェリア。

 顕われては消えて往く景色の端で、ひときわ異彩を放つ駅。それは、目の醒めるような 空の蒼さと、森の樹々ですら赤茶けた大地のツートンに、不釣合いなほど滑稽に白い建造 物が印象的だった。
 家族でキャンプを移動中、街並をジープで走っていたが、エンジントラブルで乗り物が 故障したため僕達の一行は、南への足を止めることを余儀なくされた。

 彼女は霊廟(モスク)に祈る娘だった。

 自動車のトラブルとリペアのコトで訊ねると、彼女はイロイロ親切に教えてくれた。
 父とは現地語ではなく、英語で流暢に話す彼女を、ちらと盗み見ると、ほんの一瞬だけ 僕と目が合った。ドコの国の生まれだろうか?ましてや難民ではあるまい!雑多な多国籍 都市だけに混血なのか?彼女の瞳は深く碧い海のように澄んでいたっけ。

 キッカケは、自動車の故障だった・・・が、しかし、ソレが直ってもなお、僕らの小休 止は終らなかった。つまり、ココ(ベースキャンプのコト)が気に入り、ココで何かをす るべきだ!と云う結論で家族全員が一致したのだった。
 父は『ココでするべき事がなくなったときが、すなわち旅立ちの時だ』と、いつも僕と 母に言っていたっけな。そう、自分自身に言い聞かせるようにね。

 彼女は、長い象の群れを容易く、心と同じに操っていた。
 厭きることなく繰り返した、ログ・キャビンでの星を鏤めた甘い夜を、瞳を閉じると今 でも想い出す。

 交わした会話の中で、彼女は『ムーン・マスター』の末裔であると騙った。月を守るた めに、コノ地を動くことが出来ないのだそうだ。彼女の家系は代々そうなのだと言い、彼 女が今のトコロ最後の末裔に該るのだとか。
まったく、途方もないハナシだと思った。


 彼女の全身で体現している愛が『自分の進むべき道』だと教えてくれた。
 だから僕は、自分の力だけで『二人の道標』を見附るのだと心に誓った。

 二人で一緒に林を駆け巡る。全力で疾走していると、ホント月並みな表現だが、まるで 獣にでも成った気分だ。彼女自身が、サハラの風のようだ。地表から突き出た、小高い岩 山の『てっぺん』辺りに腰を下ろして、少しだけ休息を摂る。時折、いづこからともなく 吹く風が優しく、そして心地よい。
 僕よりも速く疾走り、しかも短時間で息を整えた彼女は、やがて唄い始めた。耳に馴染 みのない歌詞と旋律だったが『とても巧いナ!』と、素直に感じた。
僕の魂は、純粋な感 動に震えた。
 暫くの間、彼女による心の底から楽しそうな唄が、谷間に響き渡っていた。

 霞の掛る薄紫色したベールが朝日に映る。夢の掛け橋へ僕を導く。
 たまに両親にナイショでキャンプ(自宅がわりにしている居住地)抜け出し、この辺り では有名なログ・キャビンの傍らで夜更かしした後、二人で過ごす早朝が大好きだった。 朝陽に映る彼女は、いつも文句ひとつ言わずに附き合ってくれた。
 空腹で少し肌寒い躰に無理矢理と流し込む、彼女が煎れてくれた『安物コーヒー』の粗 堊な香りが大好きだった。

(新しい生活)
 ひときわ大きく朱赤い満月が鎮座している。周囲の星たちは、心なしか遠慮して控え目 に輝く天幕。いつものログ・キャビンでジェリアと語り合う『ごく』ありふれた夜のこと だった。
 もう、慣れっこのコトだが、サハラの夜は想像以上に厳しい。でも、そんなコトお構い なしに僕達は、粗い目で編まれた麻布(毛布代わりに)のようなモノに包まって、互いに 肩を寄せ合い、取り留めもなく雑談していた。
「ねえ、知ってる?」
「何が?」
 唐突に彼女が話を切り出したので、僕は戸惑いながら質問を質問で返してしまった。彼 女は、あまり些細なコトを気にせず返答した。
「今日でキミと出逢ってから502回目の夜なんだよ」
 502回目!もう、一年半以上もコノ街に滞在していたのか?
 日附けの概念が希薄な彼女は、このような方法で歳月を数え、そして認識している。
「そうか、突然だから実感ないナ」
「コレが、わたしたちの歴史のすべて」
 急に重たい感覚が、僕の感情を蔑ろに支配した。謎の重圧感は、自宅で就寝するまで拭 えなかった。今思えば、あのとき運命の動く音を聴いたのカモ?しれない。
 相変わらず朱赤い満月は、ひときわ大きな姿と威圧感を伴って沈黙を守っていた。

(そして、別離)
 翌朝は、突然の別離。サヨナラの準備もせずに迎えた旅立ちの朝。
 徐々に大気の温度が上昇し、陽炎に翳む地平線が横たわる。それらの一部始終を眺める 恰好でジェリアは立っていた。
 僕のオアシスは、もうすぐアフリカの空に消えるケド、餓えた旅人の蜃気楼を、僕は二 度と観ることはないだろう。
「別れるコトは、コワくない」
 彼女は泪ひとつ見せずに言った。さらに、幽かに聴き取れる程度の声量で呟いた。
「生きる為のルールだから、ほんの少し悲しいだけ」
 それを受けて、僕は精一杯の返答をした。出来るだけ力強い口調で。
「また、ココで逢おうよ!いつか、きっと戻ってくる」
 相変わらず後ろ姿の彼女は無言で、しかも微動だにしなかった。

 彼女の後ろ姿、震える指。お互いサヨナラは言わない。
 君の存在と、交わした約束だけは、いつの時も絶対に忘れない!

 その後、アフリカでの生活は、父が熱病で倒れるまで続き、母と僕との二人きりで日本 に帰国することによって終止符を打った。不本意ながら日本で生を享けた父は、アフリカ の焦土へと還った。父も本望だろう。
 アフリカに来てから、4年と8ヶ月目の出来事だった。

(ふたたび、すこし前)
 味気ない夜間飛行を終え、空港に到着した彼は、ロビーから見える変わり果てた景色に 翻弄され、薄れゆく記憶を呼び起こそうとしていたが、ジェリアの朧な幻影の他に、彼の 切実な願望は何ひとつ叶わなかった。
 街に出てからも、想い出の場所だったハズなのに何故か違和感を感じる。懐かしさがな い。幾ら先進国と比較して未開発の発展途上国であるとは云え、この街にも近代化の波が 押し寄せ、想像以上の規模で開発による爪痕が遺されていた。
 ログ・キャビンは、その痕跡すらなく、存在自体が消失していた。
 これでは、彼女がドコに居るのか理解らない。消息の手懸りもなく途方に暮れ、当時の 面影を失った異国の街中を、独りきりで彷徨う。  

 彼女は、誰かと新しい生活を始めているのだろうか?それとも、あの頃と変わりない生 活を送っているのだろうか?それより何より『あの』約束を、まだ憶えてくれているだろ うか?
 彼の胸中に去来する蔭は、拭い切れないほど色濃くココロに浸透していた。

(ついに再会)
 真偽は不確かだが『ココから更に南へ下ると、まだ未開発の自然が残存している地域が ある!』との情報を入手した。
 乱開発が進む街周辺では、数少ない場所であるらしい。  僕は、躊躇わずに赴いた。ジェリア、逢いたい!

 一心不乱に探した挙げ句、はたして、彼女はそこに居た。

 もう、離したくない!二度と失いたくない!
「今夜は、何の夜だか知ってる?」
「ナニ?」
「約束の夜から、10000と502回目の夜なんだよ」
 もう何も言えなくなってしまった。デジャヴのような場面だ。ようやく重たい口を開い た僕は、決心を彼女に告げた。
「僕は、もう一度、日本に還らなければならない。でも、直ぐに君の許へ戻ってくる。今 度こそ絶対にだ!」
「・・・・・・」
「君がココから動けないと言うのなら、僕が君の側へ往くよ。ずっと一緒に居よう!」
 彼女は今回も背中越しに、僕のハナシのコシを折らずに、終始無言を通して聴いていて くれた。そして最後に振り返り『とびっきり』の笑顔を魅せてくれた。
 もう何も迷うコトがなくなった。僕は、彼女を抱き寄せた。

 ほんの戯れで、一緒に冒険旅行ゴッコに興じた。活劇の舞台は二人の小舟。麻のドレス を着た彼女。冗談でカサブランカを目指す。小麦色の肌、化粧水の所為か?彼女は、懐か しい海風のように心地よい香りがした。



 そして何故か僕は、彼女の透き通った唄声を想い出していた。谷間に響いていたアノ唄 は、再び夢の掛け橋へ僕を導いていた。
 僕は38歳、彼女は既に42歳だ。それでも、あの頃と何も変わらない『少年』と『少 女』が抱き合っていた。

(そして、未来へ・・・)
 2004年4月21日。
 彼は今、すべてを失う為に日本へ還ってきた。
 それには、この国で約40年間ほど、地道に築き上げてきたチッポケなモノ(血縁や自 分の家庭をも放棄するコト)を含む。母と云う銘の『柵』は、当事者本人が不在(既に他 界してしまった)のために、断ち切れていた。
 身勝手な自由(心底からの欲求)の代償として、躊躇いなく妻や我が娘を見棄てるコト が出来る自分には、倖せになる資格があるのだろうか?と、彼は自責する。
 それでも彼は、本当に『何もない』状態になってから、たった一つだけの大切なモノを 手に入れるために、ふたたびアフリカへと向かうだろう。
 低く唸る獣たちの遠吠えが、遠くから幽かに聞こえる。幻聴なのだろうか?
 日本の色褪せた夕陽を背中に享けて、彼の決心が、揺るぎない確信へと変わった。
 かつて、軟弱で軽薄なコノ国に対して、早い時期から三行半を附けた彼の両親も、同じ 心境ではなかったろうか?と、彼は考えた。
 そして、コノまだるっこしい手続き(母国での社会的な死、自ら放棄した精神的な拠り 所の喪失)は、おそらく『通過儀礼』なのだと感じている。

 ココロから愛したい想う女性へと、自らが一歩でも近附くのために・・・。



(再び4月20日/ライブを明日に控えて)
 低域をブーストし、シンセベースと伴に重いボトムで楽曲を支える、終始4ッ打ちで通 すキック(バスドラム)と、同じく常に裏拍で頑に追従する、高域が強調された鋭角的な 音質のハイハットで縁取られた、硬質でスクエアなリズム隊。
 アフリカを連想させる『原曲』の雄大な雰囲気を更に推し拡げて、宇宙規模のスケール にまで昇華した、ときおり不安定な四度のインターバル(音程)に、敢えて積み上げられ た、アナログシンセのパッドによる残響と、サンプリングに変調フィルタを施した、ブレ イクビーツの歪な余韻。

 哲哉が再び、長い睫をたたえた瞳を開けると、視界にはMachintosh G4の 液晶モニタが見えた。クリスタルな佇まいの画面にはPro Toolsが、プレイリス トに記録された楽曲の演奏再生を終了してアイドリング(待機)している。
 白く透明で卵のような球体のマウスを、そっと長い指で包み込むように握るマウスに負 けないほど白い手は、しっとりと汗ばんでいた。
 技術革新により、OS(オペーレーティングシステム)やCPUのプラットフォームこ そ替われど、彼は未だにマウスに馴染まないでいる。否、マウスを用いたオペレート(操 作)に限界を感じていた。彼にはアナログシンセサイザのような直感的で、かつアクセス の早いインターフェイスの方が性分に合っていた。

 深夜の自宅スタジオは、彼のプライベートルームと化していた。

 彼は、先月リリースされたばかりのDouble Decade(20周年記念)盤ア ルバムより、メインとサブに銘附けられたタイトルをテレコ(真逆の意)に改題しただけ のデビュー曲をプレイバックしていた。明日、横浜で催される20周年記念ライブでの演 奏データの最終調整を予て、想い出に耽っていたのである。
 製品としてプレスされたメディア(ココではCD‐Rのコト)が手許にあったが、やは り彼としては、商品用CD(コンパクトディスク)として44.1kHzに標本化された 音よりも、自らがリアルタイムでリミックス(再構築)を施した音源が奏でる『最新』の 生音で、懐かしい自作曲が聴きたかったのである。
 平生より『保守より革新』を志す彼らしいヤリ方は、20年前と何ら変わりはない。
 そして彼は、微睡みながらも考える。思索は止め処もなく、どこまでも続く。

 明日は特別な1日だ!夜明けと伴に、彼等のユニットに新しい歴史が始まる。


07.18.2004 脱稿

正面玄関(トップ)へ戻る